みなまた

 日本の歴史に残る公害被害、水俣病に関するいわゆる「関西訴訟」で原告が勝利。有機水銀を垂れ流したチッソだけではなく、それを見過ごした(黙認した?)国や県の責任も認定したよ。まぁ、この手の責任問題・賠償責任というやつは微妙な問題なので分からんでもないのだが・・・いくらなんでも長すぎないか?水俣病発生が1960年ごろ、訴訟開始が1982年、一部和解が1995年、高裁判決が2001年、最高裁判決が2004年って・・・訴えてから22年でやっと勝訴確定ですか。なんか、もう、原告が全員死ぬのを待っているのではないかと思うくらいゆっくりとしているなぁ。もう少し迅速化できないものかね。せめて10年。